6/28放送の天皇の料理番 10話で気になることの一つが
俊子の安否
ではないでしょうか?

そこで史実や原作小説及び歴代ドラマで振り返ってみたいと思います。

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原作小説「天皇の料理番」では俊子はどうなる?

まず始めに確認すべきは原作小説の「天皇の料理番」でしょう。

やはり、俊子は留守中に関東大震災に被災します。
そして、残念ながらこのときに俊子は亡くなってしまいます。

しかし、火災に巻き込まれたわけではなく、
この直後に体調を崩して寝込んでしまい、
そのまま息を引き取ったとのことでした。

関東大震災の被災が一因であるとも言えますが、
この時は無事だったということでしょうか。

1980年版「天皇の料理番」では俊子はどうなる?

1980年版ドラマでは第16回のサブタイトルが
シャンパンと関東大震災
となっています。

確かにこの回の最後に関東大震災が発生するわけですが、
直接、篤蔵と俊子(このドラマではトシ子)が被災したときのことについて状況について
事細かく描かれているわけではないようです。
また、俊子が亡くなるのも次々回の第19回(最終回)。

関東大震災では無事だったようですね。

やはり史実が一番重要!?

残りは史実です。
実際のところはどうだったんでしょうか?

結論からいうと1980年版ドラマに一番近いというのが正しいでしょうか。

実は昭和に入って直ぐにドラマの篤蔵の兄・周太郎と同様に、
秋山俊子さんもまた肺結核にかかってしまいます。

さすがにこの時の秋山徳蔵氏は家庭を顧みず、ということはなく
仕事をしながら俊子さんの看病も熱心に行っていたようです。

そして俊子さんは自分の死期を悟ると、
徳蔵氏に自らの財布に付けていた鈴を渡し、
昭和3年1月に息を引き取ります。

徳蔵氏は妻を心から愛していたようで
亡くなった35日間はショックのあまり
仕事をせず、家に引き籠もっていたとのこと。

ただし、史実でも関東大震災では無事だったということになります。

まとめ

9話の最後に俊子(黒木華)は篤蔵(佐藤健)に

篤蔵さんより長生きします。
ほやから安堵してください。

と言っていたのを思い出します。

しかし、関東大震災の安否に関わらず
結果として俊子は篤蔵より先に逝ってしまうことになるようです。

この結末に何よりも心残りだったのは俊子自身だったのかもしれませんね。