あさが来た11話「ふたつの花びら」(5)では結婚の延期の依頼とその謝罪のために
加野屋の主人・白岡正吉(近藤正臣)と
あさ(波留)の許嫁・新次郎(玉木宏)が今井家にやってきましたね。

そのとき、あさの父・忠興(升毅)はこんなことを言っていました。

婚礼を前にそないに急いで
舟に乗ってまで来はるというのは
どんなご用件でございますか?

ここで注目したいのは「舟に乗ってまで」という部分です。

今までの「あさが来た」でも度々新次郎が今井家にやってきていたため、
あまり気が付かなかったのですが、今井家のある京と白岡家のある大坂は
意外と離れているんですよね。

だとするとどうやって京と大坂の間を移動したのか、非常に気になりますよね。

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京と大坂の距離は?歩いては無理!?

京都と大阪の実際の距離は約45kmです。
実はフルマラソンよりも距離が長いんですよね。

歩いては行けない距離ではありませんが、
新次郎が度々あさに会いにわざわざ大坂から歩いて通ってきたというのは
あまり現実的ではないですよね。
※だとすれば新次郎はかなりのアスリートということになります。

それにあさが幼少期の頃、一度大坂に行っていましたね。
当時のあさは11歳でした。

さすがにフルマラソン超の距離を歩くのはかなりきついでしょう。
※仮に歩いてきたとしても、その後薩摩藩士・五代才助(ディーン・フジオカ)から
逃げまわるほどの体力は残っていなかったはずです。

となると、旅行ならともなく
徒歩での移動というのはあまり考えられないということですね。

京と大坂の移動手段は二つ!?最速の手段は?

まずは陸路から。

ここで、その他の時代劇での移動風景を思い出してみたいと思います。

二人の男が棒の両端を肩に担ぎ、
その棒に吊るした箱状の小部屋に人が乗っている姿を見たことがありませんか?

そうです。駕籠(かご)ですね。

二人の男は当然歩くわけですが、
駕籠に乗っている客はそのまま座っているだけなので体力を使う必要はありません。
※まあ、駕籠の乗り心地に関しては何とも言えないですが・・・。

大体、駕籠の時速は6kmくらいです。
すると所用時間は8~9時間くらいということになりますね。

しかし、駕籠舁(かごかき)つまり駕籠の担ぎ手と乗客とのトラブルが絶えず、
それが理由で駕籠を敬遠した人も多かったとか。

次に水運です。
京都と大阪の間には淀川が流れています。

この川を「三十石船」(さんじっこくぶね)という貨客船で移動します。

川は京から大阪へと流れているため、
京から大阪は流れに従って移動することになります。

そして、大阪から京は流れに逆らうため、
船頭が船を漕いで移動します。

三十石船の所要時間は京から大坂が半日、大坂から京が約一日です。

あれ、舟じゃ急いでないんじゃない?
こう思った人もいるでしょう。

実は三十石船には「早舟三十石船」という快速船が存在しました。
普通の「三十石船」と何が違うかというと船頭の数が4人から6人に増員しています。

たかが2人と侮るなかれ、
実は2人増えただけで移動時間は半分に短縮されたのです。
結果、京から大坂までは6時間、大坂から京までは12時間となりました。

確か、正吉と新次郎が今井家にやってきたのは朝でしたね。
しかも、二人の顔色を見ると寝ていないようにも見えます。

だとすると夜通しで三十石船に乗ってやって来た、と考えられます。

そもそも真っ暗な中、船が出るのか、という疑問もあるのですが、
それも正吉が船を出してもらうように船頭に無理を言ったとも考えられます。

冒頭の忠興の
そないに急いで舟に乗ってまで来はる
という台詞は正吉達のそんな事情を汲みとってこその一言だったわけです。