NHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」も10/19週放送で4週目に突入します。

なんと第4週の「若奥さんの底力」からあさ(波留)が両替屋で働くこととなります。

先週の「新選組参上!」の時点では新次郎の父・正吉(近藤正臣)は
あさが加野屋で働くことを断っていましたよね。

なぜ、あさは加野屋で働くこととなったのでしょうか?

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あさはなぜ今まで両替屋で働けなかった?

両替屋は今でいう銀行のことです。

銀行で一番重要なのはやはり信用ですよね。
それは昔も今も変わりません。

当時の両替屋が信用を守るための第一条件は
古いしきたりを厳守するということでした。

伝統を守り続け、手堅い経営を行う。
このことで貸し手と借り手のお互いの信用が形成された、というわけです。

その古いしきたりに従えば、
女子(おなご)が商を行うことはご法度とされていました。

確か1周目放送の「小さな許嫁」でもあさの父・忠興(升毅)が
女子が要らぬ知恵を手を付けても碌(ろく)なことがない
と言っていましたよね。

これも古いしきたりに従えばこそ、だったわけです。

逆に今井家であさが「パチパチはん」ことソロバンを弾いていたのは
特例中の特例だった、というわけです。

というわけで超大手の両替屋・加野屋ではその特例、
つまりあさが商いを行うということは認められるわけがなかったということです。

しかし、残念ながら古いしきたりに従った両替屋が次々に潰れていったことは
この後の「あさが来た」の流れから明らかとなります。

実は加野屋と姉のはつ(宮崎あおい)の嫁ぎ先の山王寺屋で明暗を分けることになります。

なぜ、あさは両替屋デビューした?

正吉はあさからの
店自体も変わらなければならない
という言葉が頭から離れませんでした。

今まで両替屋の信用を守るために古いしきたりを厳守してきて
加野屋を守り続けていました。

しかし、ここ最近はお金を貸しても帰ってこないことがほとんど。

借りてる側が財政難で返せる状況ではないことは分かっているのですが、
このままでは共倒れになってしまいます。

そして、正吉はついに決意します。
正吉はあさに商いを教えることにしたのです。

夫の新次郎(玉木宏)は相変わらず「あほボン」を貫き、
趣味の三味線や謡(うたい)で遊びまわる毎日でした。

その代わりというわけではありませんが、
あさが加野屋で一生懸命働くことになったわけです。

あさの型破りな行動とは?加野屋復活の兆し!?

あさは時代の変化で世の中が混乱し、
加野屋の経営が日に日に悪化していくことを肌で感じることとなります。

そして、あさは自ら行動に出ます。
それは古いしきたりを厳守するあまり、
今まで誰もやらなかったことでした。

そうです。
借金の取り立てです。

しかし、当時加野屋が貸していた先は民間人、つまり町人ではなく、
お武家さん、つまり大名でした。

確かにあさはあの「新選組」を撃退しました。
しかし、大名ともなるとそれ以上です。

あさは門前払いを食らうことももちろん、
下手をすれば生きて帰って来られない可能性もあります。

しかし、あさはそれでも武士達にしつこく食い下がり
貸した金を取り戻すことに成功します。

ただし、それでも加野屋の蔵の金は十分とはいえない状況でした。
そこであさは奈良の豪商・玉利友信(笑福亭鶴瓶)にお金を借りに行きます。

玉利はあさを
日本一の女商人になる
と称賛し、加野屋にお金を貸すことにします。

こうして、加野屋の経営は次第に回復していくこととなるのです。

山王寺屋は崩壊の一途!?はつには何もできない!?

一方、はつの嫁ぎ先の山王寺屋はどうでしょうか?

山王寺屋でははつの夫・惣兵衛(柄本佑)と
その父・栄達(辰巳琢郎)とが経営を取り仕切っていました。

惣兵衛の母・菊(萬田久子)が家では幅を利かせていましたが、
それでも「お家の商売には口を出さない」というしきたりは守っていたようです。

そんな状況の中、菊の監視の目が光っている以上、
はつが山王寺屋の経営に関わることは到底できませんでした。

とはいえ、加野屋と同様に山王寺屋の経営も傾いていることは明らかでした。

加野屋ではあさの行動により、なんとか持ち直すことはできました、
しかし、山王寺屋でははつは店が崩壊していくのを黙って見ているしかなかったのです。

19話~24話のネタバレ情報

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